エピソード3:「学会名称の変更」~『国際ビジネスコミュニケーション学会-JBCA』への道程~

出典:元JBEA理事長 青山学院大学名誉教授 尾崎茂先生著 「日本商業英語学会史」より
監修:元JBCA理事長 中央大学名誉教授 林田博光先生

エピソード3:「学会名称の変更」~『国際ビジネスコミュニケーション学会-JBCA』への道程~

日本商業英語学会史(尾崎茂先生著・青山学院大学名誉教授)の「あとがき」には、「これまでの学会で解決できなかった課題の1つとして、『戦後間もない第25回(1965年)開催のシンポジウムでの羽田三郎教授(青山学院大学名誉教授)の痛烈な「ことば」がまだ耳に残る。』と記されている。その「ことば」とは、『貿易英語が主だとか、いや実務が主だとかの論議はナンセンスであって、英語によるBusiness Communicationとして統合するつもりがなければ、そもそも商英学会も商英教育も成り立たない。』と言われた言葉であった。

1975年(昭和50年)。この時代の会員数は、既に関西約120人、関東約80人、九州山口約30人、総勢230人以上の会員数を誇る大きな組織となっていた。そして、同年は商業英語学会にとって大きな分岐点となる年となった。以前より時代に合った学会名称を模索する試みを検討していたが、1975年に初めて本格化し、当時の理事会は企画委員会案に基づき「日本貿易コミュニケーション学会」という新名称を可決し、一旦、総会に提案したが議論白熱し時間切れで継続審議となり、遂には廃案となってしまい、この名称は幻となったとされいる。

しかし、その後も何人かのメンバーから「商業英語という冠の基だけでは学会として研究議論しようがない。」「海外ビジネスはこれから商業英語だけではないはずではないか。」などの意見が出始めて、特に簿記学や貿易学を専門とする先生方にとっては、いささか居心地が悪くなりつつあり、退会される先生や学会活動を中断して留学するために休会される先生などが出ていた。商業英語の学術性を問ううちに、もっと他の大きなうねりが起き始めていた。

くずぶり続けていた煙はついに、1988年故伊東克己先生(早稲田大学名誉教授)から、商業英語学会という名称で経済学連合にいる意味を問う話が出た。そもそも、商取引や貿易学の先生方には、1959年に本学会が「日本経済学会連合」に加盟が許され、貿易や商取引を研究する学会として登録されたことがあったからではないかという1つのこだわりと、誇りがあった。そうした商英を専門とする先生方からは「ビジネスコミュニケーション」と名称変更することで、この日本経済学会連合の所属をはく奪されるのではないかという心配や当時の文部省からの認知、補助金などを受けられないことへの心配もあったかと推察する。
しかし、その後も引き続き名称の変更についての議論は消えることなく続いていた。
幻の名称から10年後の1986年「学会名称変更検討委員会」が発足、さらに検討を繰り返しつつ、1988年の総会でも学会名称を1本化できなかったが、「全国大会においてパネルディスカッションを持ち、全会員でこの問題を検討することが望まれる。」と提案された。そして、総員の意見を確認するためにシンポジウムが行われた。これ以後、名称変更にはさらに拍車がかかる。

その後2000年に再度企画委員会が名称変更に関する諮問を行い、2001年「研究活動の方向性を考える~学会アイデンティティーと研究フレームワーク求めて~」と題したシンポジウムが開催され、3人のパネリストがそれぞれの専門の立場を踏まえた発表を行った。
まず、当時の日本商業英語学会理事長でもある関西学院大学名誉教授 則定隆男先生が最初に「学会の過去、現在、未来」と題して、これまでの学会の活動を振り返り、今後の方向性を検討したい提案を述べられた。その後、「貿易取引とコミュニケーションの立場から」というテーマで商務論・商英の視点を代表して早稲田大学名誉教授 椿弘次先生から発表があり、最後に「商業英語と国際ビジネスコミュニケーションの立場から」という国際ビジネスコミュニケーション研究の重要性を述べる論を同志社大学名誉教授 亀田尚巳先生が発表をされた。パネルからの発言後、フロアからの活発な意見もだされ、この問題に終止符を打つべく最後の議論が行われたとされている。

そして、遂に2002年に企画委員会、理事会は本学会の名称を「国際ビジネスコミュニケーション学会」(Japan Business Communication Association)とすることを提案し、総会にて遂に承認され学会名は変更されることとなった。設立当初の名称から65年を経て初めて学会名は変更となった。
「商業英語」という名所が英文書簡の技法研究という連想を一掃させることは副次目的に過ぎない。商業英語の研究対象は拡大したが、その際全てを無批判に包含する嫌いがあった。そこで、本学会は国際ビジネスの場におけるコミュニケーションを研究対象とする「国際ビジネスコミュニケーション」という語を包括名称として用いるがその会則において「国際商取引および「国際経営」とその場を特定したのはそのような過去の反省を踏まえてためである。
1975年にこの学会名称変更の議論が始まってから混沌とした年月が流れ、遂に議論しつくすところまで議論され、理解した上で実際に名称変更が総会にて承認されるまでには、実に27年もの歳月が掛けられたことになる。それほどまでに当時の先生方の中で「商業英語」と「ビジネスコミュケーション」との言葉の整合性を納得するための葛藤が大きかったことだろうと推察する。そして、丁寧に説明を進めた、まさに学者らしい議論の上にある理解が、討論に時間を要した理由であろう。
当時の理事長である則定先生が書かれた「学会名称変更の経緯」の最後には、『「英語」を「コミュニケーション」と変更することにより、研究の範囲は大きく拡大する。現在ビジネスのリンガフランカとして主として英語が用いられているが、他の言語もビジネスコミュニケーションのツールとしても位置づけられている。名称の変更により、他の言語によるビジネスコミュケーションも抱合できる。(中略)ビジネスコミュニケーションの視点から分析することにより、その独自性発揮することを目標とするものである。』と。この則定先生の思いを引き継ぐ必要性を強く感じる。(了)

次回予告:「JBCA学会史第4回、エピソード4は9月上旬を予定しております。」

エピソード1:「創設の時代」~戦前の学会~ は、こちらからお読みください

エピソード2:「建設時代の学会」~戦後の学会の再開~ は、こちらからお読みください